彼女の夢
「不思議なことに、人生の暗い時期に描いた絵というのはそれを裏切るかのように明るい。
あれほど嫌っていたブルジョワ的な家族の思い出が、美しい色彩と共に、断片的に回顧され、そのイメージがインスピレーションとなって、習ったこともない絵を私に描かせることになったの」そんな調子で、悲しいことがある度に、キャソバスに向かっていた彼女が、いつしか絵を描くことそれ自体に夢中になっていく。
四十の手習いでデッサンの勉強にも打ち込んだ。
画風を実験的に少し変えてみることもした。
そうして描きためた作品が、このたびの晴れの場となり、それは本人が戸惑うほどの盛況となったのです。
ブルジョワを嫌った少女は、結局、ブルジョワ的題材を表現することで救いを得た。
それは、長年のコンプレックスからの解放という救いでもあった。
「四十を過ぎてようやく、本でも読んでみようかという気持ちになって、本屋さんにも出かけたわ。
それまで自分で本を買うなんてこと、滅多になかったのにね。
そうしたら、そこに書かれてあることの意味が何だかよくわかるじゃない。
子供の頃、学校で読まされた本ていうのは字面を追っていても中身がちっとも頭に入ってこなかったものなのに・・・」
「つまり、やっと私の頭も少しずつ動き出してきたのかなって」
「何事にもおそろしく晩熟である」という彼女は、そんなこともいっていました。
彼女とはそれっきりだが、その後も私はあの雑誌を時々手に取る。
そこに彼女の名がまだ出ているかどうかを確かめるためにそうするのだが、あの雑誌から彼女のクレジット名が消えてなくなる日、それはつまりジュリアがサラリーマソ・スタイリストを辞め、画家として独り立ちする日を意味しています。
「それが私の夢」残りのビールを飲み干して、彼女はいったものでした。
「あ、そうそう、忘れないうちにこれ、よかったらもっていって」そういって、別れ際に私に手渡した紙袋。
その中には、デスクトップ仮想化用にメーカーからもらったという化粧品がごっそり入っていました。